「評価経済」は資本主義に替わる価値観ではなくて、
paypal的な流通経路として捉えればいいんじゃないか?
というのが昨今の理解なのですが、今朝方また怪電波を
受信したのでmemoがてら。
http://creativeid.blog119.fc2.com/blog-entry-83.htmlちょっと前からの「ノマド」、最近の「評価経済」
礼賛には意識高い学生()感をひしひしと感じるところ
なのですが、その理由は
「サブカルチャーや
マイノリティへの憧憬」であったり、
「そんな自分(キリッ)」的な部分なのかしら?と思いました。
評価経済をサブカル()に置き換えてもそのまま理解出来る感じの方(意識高い学生風)も多そう。ワンピ・巨人・レアルファンはにわか()的な。カウンターパート憧憬的な。https://twitter.com/#!/n_kanezuka/status/189879702385729536
そうなってくると気がかりなのは、ノマドや
評価経済といった現在の主義主張が市民権を
得るなり、もっと云えばメイン・ハイカルチャーに
なった場合です。
主義主張自体ではなく、サブ・マイノリティという
「立ち位置」への憧憬を軸にしていると、その達成
と同時にアイデンティティが失われてしまうのでは
ないでしょうか。ベクトルはちょっと違いますが、
大好きなインディーズバンドがオリコン1位になった
感覚のような……?笑その時、今叩いている「既得権益」「ダークサイド」の
ような威丈高な態度に出るのか。
新たなサブ・マイノリティを探す旅に出るのか……。
後者の場合、それは
思想的ノマドと呼べるのかも
しれませんね。決して風見ど(ry
https://twitter.com/#!/n_kanezuka/status/189880486594752512